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フードファイター [雑談]

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先日、大学時代の友人と2人で目黒にある
ラーメン二郎(通称、めぐじろう)に行って来た。

いつもは滅茶苦茶混んでいるのに
雨が降っていたということもあってすぐに入れた。 ラッキー。

注文は、小、にんにく・野菜・油だ。
(小といっても明らかに大サイズ、それに後ろの3つはトッピング)


前にもめぐじろうで食べたことがあるが、
ラーメンが出来て差し出された瞬間、正直ひるんだ。

やっぱりデカい。。。(-_-;)

1500キロカロリーくらいあるであろう、圧倒的存在感。

(だったら、油とかトッピングするなよって感じだけど。)


で、食べる前の予想を裏切らず、
食べても食べても無くならないっぷりがすごい。

一生懸命食べているのに、前に進まない。
まるで、ダメな子みたいだ。

このまま永遠にどんぶりの下から麺が湧き上がってくるんじゃないかと
錯覚を起こしてしまうくらいの状況だ。


しかも、今回は友人と2人で行ったが、その友人はラヲタ(ラーメンオタク、
本人は否定すると思うけど)で横でものすごい勢いで食べており、
どんどん麺がなくなっていってる。

途中でチラ見したが、
自分がまだ汁が見えていない状態であるにも関わらず
彼のどんぶりには表面積の1/3くらい汁が見え始めている。

すごい。。。


なぜだろう、なぜだかわからないけど
「取り残されてはいけない、付いていかなければならない」
という脅迫観念にかられた。


それが「こういう店ではのろのろ食べるものじゃない」という
イメージから来るものなのか、「何事も勝負で負けるべきではない」
という勝ち気から来ているものなのか、はたまた幼少期から「一緒に
食べる人に速度を合わせなさい」という躾を受けていたからなのかは
さだかではない。

そんなこと考えている暇があったら、目の前にある麺を食べろ!とも
考えを修正したが、あまりの量に脳が無意識的に現実逃避をさせて
いたのかもしれない。


確かに汁はこってりで美味しい、でも、前からここの麺ってこんなに
太かったっけ?と疑念を投げかけてみたりした。

食べたくて来たにも関わらず、あまりの麺の太さに若干イラッとして
みたりもした。

もう少し値段を安くして(今でも十分に安い)、量を少なくしてくれれば
いいのに、とか考えてみたりもしてみた。

この余分な部分をアフリカで食糧に困っている人に食べさせて
あげたらどれほど喜ぶことか、とかも妄想してみた。


いろいろ考えてみたが、もちろん状況が変わってくれるわけもない。

考えるだけで事態が動くほど世の中甘くない。

重要なのはアクションだ。


そして、イラッとすることは結果に対して何も良い効果を生み出さない
という至極当然な結論を、ポジティブに受け入れてみることにした。


無になり、今目の前にあるラーメンの全てを受け入れる。

まず受け入れることから始めよう。

無の境地に達すれば、雑念を取り払い、食べることに集中できる。

ここで必要なことは食べるというアクションに徹する
マシーンになることなのだ。


・・・などとも考えたが、量が多いことに変わりはない。

ともかく、全然なくならない。



ただ、格闘の末、次第に汁が見え始め、そして食べきった。

圧倒的な達成感と安堵感。



友人も言っていたが、明らかに20代の時に向き合った二郎とは
異なる二郎がそこにはあった。

変わったのは二郎ではない。
自分たちが変わってしまったのだ。


ということで、もうしばらくこってり系のラーメンはいいなと思った。



それにしても、
フードファイターってこんな感じの心境なのかなーって思った。

ものすごーく頑張って、自分的にはものすごーく食べているのに
横でさらなるスピードで食べていく人がいる。

それは、その場の「判断」や「行動」で勝ち負けの行方を変えられる
ような代物ではなく、無残なまでの基本的な能力格差で勝者が
勝者になっていく世界だとも思った。


いやー、年とってきたのかなぁ。



あ、ちなみにラーメン、美味しかったです。

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